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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9723号 判決 1959年11月11日

原告 株式会社 吉野藤

被告 国

訴訟代理人 広木重喜 外二名

主文

被告が原告に対して、金一、〇〇四、七二五円及びこれに対する昭和二八年九月二九日以降右金員完済まで年五分の割合に依る金員の支払をすることを命ずる。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

被告は原告に対して、金一、二〇二、〇〇八円およびこれに対する昭和二八年九月二九日以降右金員完済まで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め

その請求の原因として

(一)  原告は昭和二六年三月一二日訴外有限会社玉屋旅館(以下単に訴外会社という)に対して、金六二〇万円を弁済期同年一二月三〇日という約定で貸付け、右債権の担保として、訴外会社からその所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)について、抵当権の設定を受け同年三月一四日右抵当権設定登記を経由した。

(二)  その後昭和二八年二月二五日訴外会社は訴外塚本元市に対して、本件建物を売渡し、同日同訴外人のためにこれが所有権移転登記がなされた。

(三)  ところが被告を代表する東京国税局長は訴外塚本元市に対する国税滞納処分として、昭和二八年二月二六日本件建物を差押え、続いて公売処分に付し、同年九月一二日原告え売却する旨の決定をし、同年同月二八日に原告のために公売処分に因る本件建物の所有権移転登記を経由した。そして一方右公売代金五〇〇万円の内金一二〇万二〇〇八円を滞納処分費および訴外塚本元市の滞納税金に充当し、その残額金三七九万七九九二円のみを抵当権者である原告の債権に対する充当金として交付した。

(四)  しかしながら、原告が訴外会社から本件建物について抵当権の設定を受けこれが登記を経由した当時、抵当権設定者である訴外会社には国税の滞納はなく又その後一ケ年内に訴外会社が国税を滞納した事実もない。

従つて本件抵当債権者である原告は国税徴収法第三条によつて、国税に対して優先的保護を受けうる適格を有するものであつて、この適格は抵当権設定者である訴外会社がその抵当権の目的である本件建物を訴外塚本元市に譲渡し、譲受人である同訴外人に国税の滞納があつたことによつて直ちにこれを失うものでないし、このことは、訴外塚本元市に対する国税の納期限の一ケ年以内に本件抵当権が設定されたものであつても同一である。以上のことからすると、東京国税局長に依つて代表される被告国は前記公売処分の売得金五〇〇万円はその全額を先ず原告の抵当権によつて担保されていた金六二〇万円の債権の弁済に充当すきべであつたのに拘らず、内金一二〇万二〇〇八円を訴外塚本元市の滞納税金等に充当したのは、法律上の原因のないのに原告の財産に因つて右金一二〇万二〇〇八円を不法に利得し、これに因つて同額の損失を原告に及ぼしたものというべきである。

そして以上の事実からすると、東京国税局長によつて代表される被告国は前記充当のなされた当時(昭和二八年九月二八日)から悪意の受益者であつたというべきであるから、被告は原告に対して右利得金一、二〇二、〇〇八円及びこれに対する右受益の翌日である昭和二八年九月二九日以降右金員完済まで年五分の利息を付して返還すべき義務がある。

よつてこれが支払を求めるため本訴に及んだものである。

と陳述し、なお被告が受益当時から悪意でなかつたとしても、原告は昭和三三年五月一二日東京国税局長に対して前記理由を示して公売代金の原告えの交付方を請求したが東京国税局長は同年六月一一日これを拒絶した。したがつて遅くとも同年五月一二日以降は悪意の受益者というべきであると附陳した。

なお被告主張の訴外塚本元市に対する滞納処分費が金九五円であることは認めると述べ、証拠として、甲第一ないし第三号証を提出した。

被告指定代理人は原告の請求棄却、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、

答弁として

(1)  原告主張(一)の事実中本件建物について原告主張の抵当権設定登記のあつたことは認めるがその余の事実は不知。

(2)  原告主張(二)の事実は認める。

(3)  原告主張(三)の事実は認める。但し、公売代金のうち訴外塚本元市の滞納国税等に充当したのは金一〇〇万四、八二〇円(内金九五円は滞納処分費)であり、残額金一九万七、一八八円は八王子市に対する同訴外人の滞納地方税として同市に交付したものである。

(4)  原告の主張(四)の事実について、原告が本件抵当権の設定をうけた当時、その設定者たる訴外会社に国税の滞納がなく、その後更に一年内に同訴外会社が国税を滞納したことがないことはこれを認める。又原告が昭和三三年五月一二日東京国税局長に対して公売代金の返還を求め、同局長がこれを拒否したことは争わないが、その余の原告の主張はすべてこれを争う。

(5)  行政処分によつて財産上の価値の移動があつた場合、その行政処分が当然無効であれば法律上の原因がないということになるけれども、その行政処分に取消しうべき事由があるにとどまるときは、当該行政処分が取消されるまではその処分は有効であるから、その取消以前において不当利得の成立する余地はない。

ところで、滞納処分における公売代金の滞納税金えの充当は、滞納処分手続の一環としてなされ(国税徴収法第二八条)充当したときは原則としてその都度その処分による計算書を作成して滞納者に交付することとされており(同法施行規則第三〇条)充当の範囲内で租税債権は消滅する効果を有するものである。

したがつてこの充当行為は行政処分に外ならないから、それが当然無効の場合以外においては、これに異議のある者は、国税徴収法第三一条の二、第三一条の三所定の請求をなしこれに対する決定に不服のあるときは同法第三一条の四に依つて出訴し抗告訴訟の手続を以て充当処分の取消を主張すべきであり、これと異る方法で争うことは許されない。

これを本件についてみると、東京国税局長は本件公売代金の一部を国税および滞納処分費に充当し、一部を地方税の滞納分として八王子市に交付したものであり、右充当、交付については原告を含めて同人からもその取消を求める再調査、審査の請求はなく、同処分は出訴期間の徒過によつて確定しているのである。

以上の次第であるから、右充当、交付の処分が原告主張のとおり違法であつたとしても、その違法はそれを当然無効とするような重大かつ明白な瑕疵あるものとはいえず単に取消の原因となる瑕疵があつたにすぎないものであり、これについて前述の如く取消のない限り有効であるから、これによつて不当利得の成立する余地はない。

と答え、甲号各証の成立を認めた。

理由

(一)  当事者間に争のない事実と成立に争のない甲第一号証の記載によると、原告が昭和二六年三月一二日訴外会社に対して金六二〇円を弁済期同年一二月末日と定めて貸与し、この債権担保のため同日本件建物について抵当権の設定をうけ、同年同月一四日これが登記を経たこと、更にその後昭和二八年二月二五日右訴外会社は本件建物を訴外塚本元市に売渡し、同日同訴外人のためにこれが所有権移転登記を経由したことが明かである。

(二)  被告を代表する東京国税局長が訴外塚本元市に国税滞納処分として、昭和二八年二月二六日本件建物を差押え、続いて同年九月一三日公売処分によつてこれを原告へ売却する旨の決定をなし、同年同月二八日その公売代金五〇〇万円の内金三七九万七九九二円を本件建物の抵当債権者である原告え交付したことは当事者間に争のないところであり、成立に争のない甲第三号証と本件滞納処分の費用が金九五円であることについて当事者間に争のない事実とに依れば、残金一二〇万二〇〇八円については、東京国税局長は右昭和二八年九月二八日、その内金一〇〇万四八二〇円を訴外塚本元市に対する国税債権(その内訳は、滞納処分費金九五円、滞納税金一〇〇万四七二五円)に充当するとともに、残金一九万七一八八円については、右訴外人に対する滞納市税として、訴外八王子市から交付要求のあつた金四一万五二四一円のうち、原告の抵当債権に優先する分として、同日これを同市に交付したことが明かである。

(三)  そして以上の事実からすると、滞納市税として八王子市に交付された金一九万七一八八円については、それが原告の抵当債権に優先したものであるかどうかの判断をするまでもなく、結局において被告の受益したものということはできないから、この部分をも被告において受益したものとする原告の請求はこの部分については失当として排斥を免れない。

(四)  次に被告を代表する東京国税局長において、前記認定のとおり、訴外塚本元市に対する滞納国税債権え充当した金一〇〇万四八二〇円について考えると、右の内金九五円は滞納処分費であるから、国税徴収法第二八条第二項により明かなとおり、同法第三条によつて国税債権に優先する債権に対しても優先して充当されるべきものであるから、後段に説示するように、原告の債権が右訴外人に対する国税債権に優先するものであつても、この部分に対してまでも原告の債権が優先して充当を受けるべきであるということはできない。

(五)  そこで前記金一〇〇万四八二〇円から右滞納処分費金九五円を差引いた純滞納税額に充当された金一〇〇万四七二五円について按ずるのに、先ず原告が訴外会社から本件建物について抵当権の設定を受けかつその登記を経由した昭和二六年三月一四日当時およびその後一個年内に同訴外会社において、国税を滞納したことがないことは、本件当事者間に争のない事実であり、この事実と前記認定の滞納国税が、本件抵当権設定者である訴外会社に対するものでなく、訴外会社から本件抵当不動産を譲受けた訴外塚本に対するものであるという事実からして、このような場合に、抵当不動産の譲受人に対する滞納国税債権と、当該不動産を目的とする抵当権によつて担保される債権とのいずれが優先するかについて按ずるのに、この点については、国税徴収法(以下単に法という)第三条第二条の規定が参照されなければならないところであらう。ところで右第三条の規定は公示を伴つた担保物権を中心とする近代的取引の安全を保障する私法的要請と、一方租税債権の強制的履行確保という公益的要請との妥協点に立つ規定であることは疑のないところであり、この規定によつてとくに国税に対して優先的に保護される抵当権附債権は、その抵当権の設定が、同条所定の国税の納期限から一個年前にあることが必要であるのみならず、この一個年というのは、当該抵当権設定当時における抵当権者と設定者との関係を基本として、しかも設定者の納税義務を基本として考える趣旨の下に設けられた規定であると解するのが相当である。したがつて本件のように、抵当権の目的物について譲渡のあつたようなときには、直接本条を以てこれを律することはできないものといわなければならない。

しかし、それであるからといつて、右の場合には法第二条によつてこれを律すべきだとすることもできない。なぜならば、法第二条は、同一の債務者に対して国税債権と他の債権とが競合的に存在する場合に、いずれを優先させるかということを定めた規定であり、本件のように債務者を異にする場合についての規定ではないからである。以上のようなことからすると、本件のような場合については、結局直接にこれを律する規定はないものということになる。

しかしながら、前記第三条の文理に明かには現われていないが、その規定の趣旨精神として窺われるように、同条が保護すべきものと定めた抵当権付債権者の地位は、通常の事態においては、その抵当権取得当時において、その予見を一般的に期待しえない、しかも自己の意思によつて如何ともなし難い目的不動産の移転と、新所有者の国税滞納という事実によつて奪われるものではないと解すべきであり、もしこれを奪うとすれば、それについて何等かの明文を要するというべきであるのにそれのないということ、即ち換言すれば国税の徴収が国家財政の必要から確保されなければならないことは言を俟たないところであるが一方その徴収は納税人の財産からこれをなすべきであり、納税人以外の第三者に損害を及ぼさないということもまた当然であり、そしてもしもその徴収について納税人以外の第三者に損害を及ぼさざるを得ないようなときには、法律に明文の定めのあること要すると解すべきであるのに、一旦第三条によつて優先的保護をうけるとされた抵当権付債権の保護を奪うことについて明文の規定のないということからして、一度抵当権設定者に対する国税債権に対し優先的地位に立つた抵当権付債権は、抵当権の目的たる不動産の譲渡があつた場合においても、その譲渡に伴つてその優先的地位を侵されるものでないというべきである。

以上の次第であるから、東京国税局長が昭和二八年九月二八日に、訴外塚本元市に対する滞納国税として金一〇〇万四七二五円を、原告の本件抵当権付債権に優先して充当した行為は違法であるとしなければならないし、右は結局法律上の原因なくして原告の財産によつて利益をうけ、これがために原告は損失を及ぼしたものというべきである。

(六)  もつとも右充当について、被告はその答弁の項(5) のように主張しているのでこの点について判断をすると、滞納国税の充当について、被告主張のような規定の存在することは明かであるが、そもそも公売代金の滞納処分費或わ税金えの充当とは、歳入歳出外現金出納官吏が受領して保管中の現金を、国税局或わ税務署の長等が、滞納処分又は交付要求に係る滞納処分費および税金として当てることを決定して国税収納官吏に収納させる行為に過ぎないものであり、滞納処分手続の一環をなしているところの差押、公売の処分のように、国が権力的に私人に対して新たに実体法的法律関係を形成する行為ではなく、単に既存の実体的法律関係に従つて、自ら執行者兼執行債権者という立場においてなすところの内部的事務の処理にすぎず、これによつて新たに私人に対して実体法的法律関係を形成することそれ自体を目的としてなされる行為ではないというべきである。いわば形式的には行政処分の形をとつているが、実質的な意味で行政処分とはいえないものである。

従つて右充当の処分は被告主張の再調査の請求あるいわ審査の請求の対象となることはあつても、それは単に行政手続によつて関係者の異議を簡易迅速に解決させるためのものであるのに過ぎないし、これあることによつて実体法上違法な充当の効果を民事訴訟によつて是正救済することを排除するものということはできないし、又右充当の行為を目して被告主張の抗告訴訟の対象となる行政処分であるとすることもできない。

よつて右充当を目して行政処分であるとしてこのことを前項とする被告の主張は、それが当然無効か取消し得べきものであるかどうかを論ずるまでもなく失当として排斥を免れない。

(七)  右のようなことからすると、たとえ国家といえども法に根拠のない利得をすることは許されないから被告は原告に対して右充当によつて得た利益を返還すべきものであるといわなければならないが、その返還すべき利益の範囲については、まずそれか国税徴収手続といういわゆる権力的な公法的手続の過程において生じたものであるから、もしこの点について、当該手続を規制する国税徴収法に特にこれに関しての規定があればそれに依るべきであり、民法第七〇三条第七〇四条におけるように受益者の善意悪意によつてその範囲を異にするとなすべきでもない。けだし国がその利得の相手方(損失者)の善意悪意という不確定な主観的状態の異によつて、その返還義務の範囲を変動することができるということは国家財政の確一性と明確性とを考えれば容易に首肯しがたいところであろうし、このことは、租税過誤納金の還付に関する国税徴収法第三一条の五、第三一条の六所得税法第三一条の規定の存するところからみても明かであろう。したがつて、被告は右各規定の精神から推して、原告に対して右受益の全部を返還すべきであり、又これについても受益が金銭である本件においては受益の日から相当の利息を附すべきである。そしてその利率については、何等特別の規定のないところから民法第四〇四条の趣旨に従つて年五分の割合に依るべきものと解するのを相当とする。

(八)  よつて違法充当された前記金一〇〇万四七二五円およびこれに対する充当の日の翌日である昭和二八年九月二九日以降右金員完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度において原告の本訴請求を正当として認容し、其の余を失当として棄却し訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覚)

目録

東京都中央区日本橋橘町四番地 所在

家屋番号同町四番の三八

一、木造瓦葺二階建旅館 一棟

建坪二八坪一合三勺 二階二四坪一合八勺

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